泡沫の記憶を辿って

すきなことを好きなだけ、思いのたけを綴っていきます

後悔という感情を思い出した日

この空白の3カ月間くらい、実は資格試験の勉強をしていました。

そう、「宅地建物取引士」の試験。いわゆる宅建です。

内定をもらった会社が不動産業界で、そういった道に進んでいくので会社側からも宅建を受けましょう、という半ば強制で勉強してました。

一応、テキストを購入して勉強を始めたのが7月頃で、本腰を入れたのが9月でした。

(8月は月の半分は現場というオタク三昧でした(笑))

憶するとおり、今日の午後に宅建を受けてきたのですが多分あと2,3点といったところだと思います。

試験中も直感的に感じていましたが、試験が終わってからもずっとモヤモヤしながら考えていて、そもそも何がダメだったのだろうか。

めぐりめぐって最終的には今までの人生を通しての自分の考えの甘さに辿り着きました。

 

  1. 大学4年間で達成できたことがない
  2. 学問がないくせに学歴がある
  3. うまいこと生きてきた

 

大学4年間での後悔とも言えるかもしれません。

要は3の「うまいこと生きてきた」ということに尽きると思います。

高校は進学校に行って、勉強は確かに頑張ってきたけども本当にただそれだけ。高校1年の時から、高校受験で志望校に落ちた反動でちゃんと勉強しなきゃという意識が芽生えていただけなんです。だから定期試験の成績も常にクラス3番以内にいました。尚且つ、私は明るく社交的な性格が相まって先生からの評判も高く、大学受験の時には指定校推薦を頂きました。

高校3年時は確かに毎日10時間とか勉強していたけども、今の大学を一般で受けていたら受かっていたかどうかと言われると違っていたと思います。

今思い返してみても、自分の学力が足りていなかったのは自分自身理解していました

 

大学入学してからも、最初の1年は特に自分に学問がないことをコンプレックスにして生きてきて、何をしようにも積極的になることができませんでした。

結局そんな学力コンプレックスを感じつつも、人間性の方でカバーをしようと、飲み会や行事ごとで積極的に自分のキャラを出して可愛がられることを意識していました。

そして就活でもやっぱり自分の学歴に少し甘んじる部分があって、就活時はすごく辛く感じていたけれど、実は周りの世の就活生に比べるときっと違うんだろうなって思います。やっぱり高学歴ってだけで少し有利になってしまうのが就活でした。

大学時代に様々な経験をするために被災地ボランティアや短期留学などもやっていましたが、それっきりになってしまったり、結局は人生楽しいように生きてきたけれど、自分が何かを決めてそれに向かってただひたすら突き進むという経験がほとんどなく、楽しければいいやという自分の楽観主義な性格が仇を討ったように思います。

 

前置きが長くなりましたが、本題に戻します。

今回私が宅建敗北理由の一番は『自分の考えのあまさ』でした。

水泳をやっていた小・中学生以来、悔しいという感情で泣きました。

今まで忘れかけていた感情であって、久しぶりに自分の中から表れた感情だったなと思います。

これまではなんとかなるさ精神で生きてきましたが、社会人になるにあたって結果を求められる世界では、なんとかならないということを学びました。

今まで、プロセスが大事だと思って生きてきましたが、結果を出さなかったら意味がないということを実感しました。

そして、プロセス重視だったため、勉強を長時間やっている自分に対して周りの大学生と比較してご褒美をあげていた自分を恥じました。

やはり何かに熱中して挑戦するというのは人として大切なんだと強く感じています。

そしてできれば同時に成し遂げることで成長できるんだと思います。

 

今回の会社からの指令であった、宅建試験という試練は、私に大きな気づきをさせてくれました。

自分が忘れかけていた、悔しいという気持ちです。

それに気づけただけでも今回の宅建を頑張った甲斐がありました。

来年、かならず今年の後悔を背負い宅建に余裕で合格したいと思います!

 

 

 

~自分に向けて~

大学の図書館に夜まで残って勉強するというのも大学4年になって初めてやったね。

勉強やらなさすぎじゃない(笑)?4年間なにしてたんだ?

でも、あなたは人付き合いの仕方はこの大学で十二分に学んでいるよ!

飲み会もお手の物だしね!

やっぱりかっこいい大人になるには、一つ一つの試練に超えて、ちゃんと結果だせることだよ。

ひとまず今回はお疲れさま。

自分が一度決めた道なんだし、これくらいのことですぐやめようとか弱音を吐くなよ。

スタートダッシュに遅れたけど、まだ全然巻き返せるからな!!

がんばれよ!!!

グッドラック!!!!!