泡沫の記憶を辿って

すきなものを好きなだけ、思いのままに綴っていきます

思いっきり脇役にまわってることに気づいた社会人2年目

同期が会社を辞めた。

 

たったそれだけのことだが、私にとっては大きい話だ。

その同期は、一番最初に配属された会社で同じ仕事をやっていた唯一の人だったから。

彼は、29人の同期の中でも東大という肩書をもつ秀才であり、周りからは一目置かれていた。それでいて一匹狼なところもあり、上司の飲み会も断る、意志の強いひとだった。

ただ同期の中で一目置かれていたとしても、私にとっては同じフィールド。

仕事で戦っていたからこそ、彼に対して嫉妬もしたし、本当は色んな悩みを共有したかったのに、私が特に意識してしまってなにも相談はできなかった。むしろ、心の距離を置いていってしまった。

そんな勤め始めて半年を経ったころ、彼は期間限定で異動することになり、結局1年近く違う部署にいて、そのあと戻ってくることなく次のフィールドに旅立った。

 

さっきまで話していた同期の彼、

私が想像するよりも、日常で起こりうる自分の感情を大切にしていた。

社会人になって2年目、

この会社でできる仕事、できない仕事、

自分がやりたい事、やりたくない事、

自分がどうなりたいか、なりたくないのか、

生きていれば常にそんな疑問が湧いてくる。

夜道で自問自答して、電車に乗っていれば外から見える自分を想像する。

“いまのわたしってたのしいですか?”

 

こういう疑問を、考えがちな私だけど、なるべく考えないように目の前のことに精一杯になっているフリをしていたのだが、彼はその疑問に対してきちんと見える化していた、のだと彼のブログで知った。

あっ、、、

ささいな感情を大切にすることを、いつの間にか忘れていた・・・

こんなにも感情を大事にしていきたい、と思っていた私が・・・

社会の波というやつに流されている、とそのときに知った。

そして、流されて生きてるのが、とてつもなくダサイと思った。

 

▼思い返してみれば、就活時(21歳)に綴った当時のブログ。
c7tm102.hatenablog.com

ところどころ関係のない部分もあるが、

文章の中盤以降で、 書いてあった。

 

自分が主役でなくてどうするの?

 

えっ・・・?社会人になる前の方が自分のこと分かってた。

社会人になって仕事を経験して知った、社会の波。

それに乗るか、潜るか、流されるか、止めるか。

 

今のまま流されていたら脇役のままだなと気づいた。

受け身でなく、乗るか、潜るか、止めるかで向かっていかないと、主役にはなれないなと。

就活時に描いていた自分と、今の自分。

間違いなくギャップがある。

もしかしたら、同期の彼はそれにいち早く気づいて動き出したのかもしれない。

 

私ももっと自分のことを大事にしよう。

自分の思いを大事にしよう。

自分にもっと正直に生きよう。

それで主役になろう。いや、主役になる。

 

 

これが、1年4カ月一緒に働いた同期から学んだ、大事なきもちだ。